ケンタッキー牧場巡り・その8 チャーチルダウンズにて

 さて、BC当日の朝は早めにチャーチルダウンズ競馬場に向かった。

 簡単にケンタッキーの地理について触れておくと、我々が宿泊したのが馬産の中心であるレキシントンという町で、チャーチルダウンズのあるルイヴィルの町まではおよそ80マイル(128km)、車で1時間20ほどの距離である。
 普段はレースは午後からだが、この日は12時に第1レースがスタートする。そして開門は午前9時となっているが、我々は10時を目標に、朝8時半出発。
 例によって、道を間違えたが、まあそれも大過なく、ほぼ10時ころには到着した。

 しかし、向かったのは駐車場入り口ではなくて、バックストレッチの奥にある厩舎であった。
 実は、 Golden Nicolas という馬を私が共有していて、ちょうどその時チャーチルダウンズにいたのである。共有ではあるが、一応名義上のオーナーは私の名前になっており、服飾も私の物を使用している馬である。
 前日アキコ・ゴザード師から、我々が厩舎を訪問することを連絡を入れて貰ってあり、さらに車のバックミラーのところに下げる「 Owner 」のタグをいただいていた。
 今良く見ると、このタグは「3711」という番号で、2000年1年間は通しで使えるが、ただし5月の5日6日は除くとある。すなわちダービーとオークスの日は特別で、その日は別に、出走馬の馬主にゲートのパスが配られるようだ。BCはそこまでの特別の日ではないということになる。
 それはともかく、そのタグのお陰で、厩舎のゲートのところに車で入って行き窓を少し開けながらセキュリティーにちょっと手を上げ、目線で挨拶したら、「 Good Morning, Sir !」とか何とか言いながら、「行け」という仕種。思わず常連氏の奥様が、「森本さん、かっこいい」。

 ああ、正直言いますと、今回の文章はこれだけが書きたかった。
 何しろ今回の旅、切符を忘れたり、出迎えで行き違ったり、道を散々間違えて、とにかく延々としくじりばかり。しかもこれは、家に帰り着くまで続いたのである。
 唯一、本当にただ一回、この時だけ誉められて、嬉しかった。実は自分が偉いのでも何でもなくて、「タグ」の威力だったのだが、他に誉められた話が何も無いので、これだけはどうしても書いておきたかった。

 さて、厩舎の中ではどうも、どこでも適当に駐車して良いらしく、わからないので、その辺に適当に駐車する。
 聞いていた番号の厩舎を探すと、これがまた良く分からず、結果的には直線で行けば100m位の所を、その3、4倍遠回りして、やっとたどり着いた。
 ここで先ほどの権威は、あらかた失墜していたのだが、この先で決定打が出る。
  Golden Nicolas 、父 Gold Legend 母 Imperial Miss(by Imperial Falcon )という血統である。
 この時、引き出されてきた馬を見ながら、常連氏に「この馬の血統は?」と聞かれて、全く思い出せなかった。
「あれ?何だたっけ。すみません覚えていません」と言った時には、すでに全員「ヤレヤレ」という感じが戻って来ていて、「権威」は30分と持たなかった。

  Golden Nicolas は、この時すでに4歳で、8月にようやく、エリスパークというケンタッキーの中ではそれほど上位ではないクラスの競馬場のクレーミング・レースで、初勝利を上げた。
 以降、ターフウェイ、キーンランドと、ケンタッキーの中では上級クラスのコースで、勝てないまでも、そこそこのレースをし、前走では、ここチャーチルダウンズのアローワンスに出走、良く頑張ったのだが4着となっている。
 しかし、この時のメンバーは物凄く強くて、勝ったのは Aptitude という馬。詳しい方はご存知であろうが、2000年のケンタッキーダービー、ベルモントステークスの2着馬であり、先日はデュバイのワールドカップにも出走した馬である。いくら登り調子でもこれは無理だった。

 厩舎で見た時は、割とリラックスはしていたようで、厩舎のスタッフも漸く走る気が出てきているから、また勝てるだろうという話をしていた。
 それほど気が強い馬ではなく、むしろ怖がりの方なので、リラックスしているのではなく、少し脅えていたのかもしれない。
 個人的な感想では、芝でもいけるかなとも思ったが、実際にはこのあと1回だけ芝を走って、3着になっている。
 この後のこの馬の成績も書いておくと、前走の反動か、次のレースでは良いところなく7着にやぶれ、場所をフロリダに移す。そこでは何と2連勝し、引き続いて、2着、3着(この時芝を走った)となった後、4月の11日にキーンランドのクレーミング・レースで3着となったが、ここでクレームされてしまった。
 クレーミングとアローワンスの境目辺りの強さの馬なので、その辺が微妙ではあるが、取られるのを覚悟の上で使ったので、これは致し方のないところ。

  Golden Nicolas を見終わると、次はいよいよ、BCのためにメインスタンドに移動する。
 折角無料で駐車しているし、競馬場の中にいるので、何とかなるだろうと思ったのだが、これが間違いだった。
 厩舎から、徐々にトラック(バックストレッチ)に向かうと、当然ラチがある。その辺の人に聞いてみるが、そこを突き抜けて行けるかどうか分からない。
 結局、かなりうろうろ歩き回ったが、一旦外に出て回っていくしか方法がないと判明した。それでも、歩き回ったことは必ずしも悪いことばかりでなく、プレスのテントの中を覗いたり、チャーチルダウンズのトラックの土(ダート)を直接触って確かめたり、ルーカス師やゴドルフィンなどの厩舎の近くを通って雰囲気を確認できた。
 しかし、厩舎地区から外にでて、大回りでコースを半周して、漸くスタンドに入り、帰りはこれまた今度は逆周りに半周して戻ってきた。
 良い運動にはなった、とはいっても、普段、車社会で殆ど歩いていなかった身にとっては、結構辛いものがあったが、それ以上に常連氏の奥様は大変であったろうと思う。

 戻ってきて、車に乗って、さあ帰ろうとするが、今度は出口がつかえて出られない。気が付いてみたら、出口を出るのに1時間以上経過した。次第に口数が少なくなる車内、時差もあり、前日の牧場巡りと本日のチャーチルダウンズ大外1周ウォークで、さすがに皆さんは、車が動き出す前にお休みになってしまわれた。
 私が眠りこける訳にはいかないので、一人で適当にしゃべって眠気を払っていると、若い「クイズの帝王」氏が、時折運転手に気を使って、起きて返事をしてくれる。
 これはとても有り難いことであるが、そんな返事にも構うことなく、とにかく私はホテルに帰り着くまでの約2時間半、車の中で一人で誰も聞いていないおしゃべりをしていたのだった。