遺留品あり、傘・馬券・詩と思想・三原準子のウラ本・その他

『19XX』(ながらみ書房 1997年)所収 


  1981 年4月5日、全レースが終了後に、中山競馬場の内馬場のトイレで、みずからの命を絶った男がいる。
「遺留品」は、現金 8350 円、ショートホープ、百円ライター、そして白の麻雀牌。
 木内宏の『賽の河原紀行』に出てくる話で、拙著『競馬学の招待』でも紹介してある。

 本歌を読んだとき、反射的にその事件のことが思い出された。
 たしかに、現金と「傘」、ショートホープと「馬券」、百円ライターと「詩と思想」、白の麻雀牌と「三原準子のウラ本」と並べてみると、それなりにバランスがとれているように見えてくるから不思議である。

 「その他」はどうした、そう訊ねる人もいるかもしれない。「その他」が大事だ、と。
 もちろん事件にも、「その他」はある。
 件の男は、競馬新聞に赤のサインペンで、「馬鹿だなオレは。お馬で人生アウト。ごめんなさい。マヌケより。ほんとにすみません。くたびれました」と書いてあったという。
 十分に長い「その他」だろう。

 ただ私は、もし自分が、どちらの「遺留品」を選びたいか、と問われれば、迷うことなく、本歌の「遺留品」を選ぶだろう。
 競馬新聞の走り書きには、絶望しか書き込めないからである。