ノートの6:競馬百話(12)

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(29)ノルウェーの競馬
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 ノルウェーでも競馬が行なわれていることは、あまり知られていないかもしれない。ノルウェーの競馬を紹介した記事が、英米の競馬雑誌にもあまりのらないのが原因であろう。
 外国の競馬雑誌を見ていたら、ノルウェーの競馬を紹介する記事が出ていた。(Dick Ratcliff pays A Flying Vosit to Norway)これとしてもあまりくわしい記事ではないが、このうちから競馬に直接関係のある記事だけを次に紹介してみよう。

 ノルウェーでは、あの丈夫な、こげ茶色をしたフィヨールド・ポニイが生産されていて、これはかなりの頭数が輸出されている。だが、広大な所有地は小さな土地に分割されてしまって、サラブレッドの生産はほんのとるにたらない産業となってしまった。
 だがノルウェーは、ヨーロッパでも最も進歩したジョッキー・クラブを持っている国の一つである。といっても、競馬場はたった一つで、オスロから十五マイルほどはなれたオーゲルフォール(Ovrevoll)にある。

 競馬を開催するにあたっていちばん問題なのはシーズンの短いことで、10月の初めから5月の初めまでは雪のために競馬を行なうことができない。雪のない6カ月の間に、42日の競馬が行なわれる。
 1日の競馬のうちには、かならず障害レースが1つと、アマチュアに対するレースが組まれている。アマチュアのレースは、男女ともに出ることができる。

 オーゲルフォール競馬場は、左廻りの、起状の大きな馬場で、決勝点に向って昇り坂になっている。
 入場人員は、ふつうには2000人位から、大レースのときは8000人以上になる。入場者はすくないが、観衆はひじょうに熱狂する。
 この国にはブックメーカーはない。トー夕リゼーターによって、第1レース(これはいつも障害レースである)以外のすべてのレースで、ティエルセが行なわれる。またすべてのレースで連勝複式が行なわれるし、最初の5レースではジャックポットが行なわれる。
 賞金は毎年増額されている。ノルウェー・ダービーの全賞金は、1万6800ポンドで、セント・レジャーは、7000ポンドである。これらの賞金は、1着から5着までに、50%、20%、15%、9%、6%というように分配される。

 大部分の競走馬は輸入馬で、英国またはアイルランドからのものがいちばん多く、その他スウェーデン、ポーランド、デンマーク、アメリカ、フランスからも輸入される。

                    (昭和48年9月21日)

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(30)ノミ屋を防ぐには
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 かつては競馬に反対している人たちに対しては、誰にも迷惑をかけないで自分だけが競馬を楽しんでいるのだから、いいじゃないかといえば、相手もいちおうはなっとくして、それ以上反対しなかったものである。

 だが現在では、こういういいわけは通用しなくなった。競馬公害という問題が大きくクローズアップされてきたからである。さらに、競馬がノミ屋を通じて、暴力団の資金源になっているじゃないかといわれると、では競馬は廃止すべきだともいえない競馬愛好者にとっては、競馬公害をなくして、ノミ屋をなくしてもらうことが、競馬を安心して楽しむのに、まずもって緊急なことになる。

 そこでここでは、ノミ屋退治の対策などについて、思いついたことなど書きならべてみたい。

 まず、場内、場外で馬券を買いやすくすることが根本である。といっても、このことはそう簡単ではないであろう。場外は、数をふやし、施設を大きくする。場内は、束京、中山の同時開催(せめて日曜祝日でも)などによってある程度目的は達せられる。根本的には、競馬場をふやす外はないであろう。

 割り引き馬券(研究ノートの4の178頁参照のこと)は、ひじょうに有効であろう。これは大口に馬券を買う場合に割引きするので、ノミ屋のかえしより有利になるのである。マレーシア、シンガポールでは、これによってノミ屋退治に絶大な効果があったという。

 馬券を売っていない土地にも予想紙が早くいくことが、ノミ屋のばっこする基盤をつくっていることに着目し、出馬投票のメ切を出来るだけおくらせることも必要であろう。

 これに対しては専門紙あたりから、相当反対があるかもしれないが、長い目で見れば、競馬からそんな不正の分子を排除し、競馬が健全に発達してこそ、それで飯を食っている専門紙も結局的には繁栄することを考えなくてはならないと思う。

 出馬を早く発表することをやめることは、競馬の過熱を防止することにもなる。もとより競馬の健全な発達は望ましいが、どこにいっても競馬々々で、馬券の話ばかりしているちか頃の風潮は、けっして感心したものではない。

 また出馬を早く発表することは、不正レースをしくむのに十分な時間をあたえる意味からも感心しない。ことにダービーその他の重賞レースで、前々日に出馬投票を行なっているのは、この意味でもできるだけ早い機会に正常にもどすことが望ましい。ことにこの方法は、馬券の売上げが不振なときに、その対策としてとられたものだから、なおさらである。
                   (昭和48年9月21日)

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 編者註
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「割り引き馬券(研究ノートの4の178頁参照のこと)」と出ているので、紹介しておこう。

 昭和45年8月25日から昭和46年9月3日まで、毎週火曜日に大阪新聞に掲載された「私の競馬丸秘メモ」にの18回目に「ノミ屋対策の割り引き馬券」として出てくる。

「丸秘」とは、○の中に秘を書いたもので、佐藤さんの表題にしては、いささか品のない題名だと思っていたら、前書きに次のように書かれていた。

 この「私の競馬丸秘メモ」という題名は、わたしがつけたのではなく、わたしは「競馬雑記」とか「競馬随想」とかいう題にしたらどうかという意見を出したのだが、新聞社の方で、営業政策上こういった題名にしたが、内容は題名にこだわらず、競馬に関することならなんでもよいというので、内容は「私の競馬丸秘メモ」という題名にはあっていない。


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 ノミ屋対策の割り引き馬券
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 昔、競馬場が現在のようにこんで、馬券を買うのにひと苦労しなくてもよい時代でも、ノミ屋というものはあった。競馬場で働いている人たちや調教師、騎手などは、現在と同じように馬券を員うことはゆるされなかったのだが、けっこうそれぞれの働き場所に、そこの担当のノミ屋がいて、50銭でも、1円でも買うことができたものである。

 これらは、馬券を買ってはいけない人たちがこっそり買えるということと、1枚20円(千倍とみても、今の2万円になるわけだ)という高額の馬券が買えない人たちが、少額でも買えるということの二つの理由で、すこぶる繁盛したのである。
 このほかに、当時は、馬券は一人一枚などという制限もあったし、いわゆる「もどし」があるので、たくさん馬券を買いたい人たちによっても、また利用されていたわけだ。

 ところが、最近では、場内、場外の混雑で、なかなか馬券を買いにくいということにつけこんで、ノミ屋の増加はすごいものらしい。これが、また暴力団の資金源になったりしていることもあるようで、これについての対策を考えることは、どうしても必要なことになってきた。

 先日も、銀座のホステスから、こんな話を聞いた。競馬の前日の11時ちょっとすぎ、カンバンまぢかになると、ノミ屋の使いが予想新聞をもってやってくる。新聞はただでくれ、馬券の注文とりに来る。そして当たれば配当を、当たらなければ1割のもどしを(そのホステスはバックといっていたが)、月曜日にちゃんと届けてくれるのだそうだ。
「あたし、以前は130円のタクシー代はらって場外にいっていたのだけど、タクシー代が節約になって助かるわ。どこのクラブやバーにもたいてい来るらしいわ。マネジャーは、その人のことをよく知っているらしいから、ひっかけられる心配なんて、全然ないのよ」ということである。

 わたしは、このような話を聞いて、とたんに思い出したのは、さきごろ訪問したマレーシアやシンガポールでやっている割り引き馬券のことである。
 これは、50ドル(マレーシアのドルは、米ドルの約3分の1の値)以上の馬券を買うと14%の割り引きになる。つまり50ドルの馬券は43ドルで買えるわけだ。ノミ屋の1割のもどしに対し、このやりかただと1割4分のもどしになるわけだし、的中したときはもちろんノミ屋で買ったより有利となる。
 ノミ屋退治には絶大な効果があったと、あちらの競馬主催者の一人は、語っていたが、もともとこの割り引き馬券は、それが目的で考え出されたものであった。

                      (昭和45年12月30日)