ノートの6・競馬百話(17)
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----------------------------------------------------------------- (33)なぜディック・フランシスの小説に鹿毛の馬は出てこないのか ----------------------------------------------------------------- 日本の競馬ファンでも、ディック・フランシスのことは知っている人が多いと思う。英国で障害騎手となり、クイーン・マザーの専属の騎手として活躍した後に、サンディ・エクスプレス紙の競馬記者となり、さらに1962年からは、競馬を舞台にした推理小説を書き出し、ひじょうな評判となった。 現在までに書いた推理小説は、全部で11で、全部翻訳されて、早川書房から出版されている。わが国にも相当数の愛読者がいるとみえて、これらの翻訳は、いずれも相当版を重ねているようだ。 わが国にも、最近の競馬ブームにともない、競馬を舞台にした推理小説がいくつか書かれているが、われわれが日頃から親しんでいる競馬場で殺人事件がおこるなどとあっては、最初からなんだか現実ばなれのした感じがして、どうも気分がのっていかない。 それに反してディック・フランシスの小説は、舞台が外国の競馬だから、そんなこともあろうかと、けっこう気持がその舞台にとけこんで楽しむことができるのである。 ところで、サラブレッドについていえば、鹿毛という毛色がいちばん多く、ついで栗毛、黒鹿毛、育毛、芦毛の順である。 いちばん多い鹿毛の馬がディック・フランシスの小説に出てこないということは、今までの11の小説を読んでいて、気がついたというわけではないのである。次のようなことから逆に推理し、事実を確かめたいということなのである。 わたしは、かれの小説は翻訳がまちきれないので、本屋にたのみ、出版されると原書を買っていた。たまたま原書は来たが、全部読むひまのないうちに翻訳が出たので、途中から翻訳にのりかえ、読みついでいた。ところが、翻訳ではどうにも意味がわからないところがでてきたので、原文と対称して見たところ、その副産物として、BAY(鹿毛)というのを栗毛と訳していることを発見したのである。外のところも、当ってみたところ、BAYはすべて栗毛と訳されているのである。 訳者はきっと馬のことはあまり知らないので、字書をひいて訳したにちがいないと思って、英和辞典の主なものを10冊ばかり調べてみたところ、はたしてどの辞典も栗毛と訳しているのである。わずかに研究社の新英和大辞典には、栗毛の外に鹿毛という訳語もついている。 月刊オール競馬という雑誌の9月号にディック・フランシスの「女王たちのスポーツ」の翻訳がのっているが、これにはあの有名なデポン・ロックは栗毛となっているが、原文ではBROWNで、黒鹿毛なのだ。わが国の辞典にたよる限りは、デイツク・フランシスの小説の翻訳には、永久に鹿毛の馬は出てこない。 (昭和48年9月28日)
(昭和48年10月11日) |